特別連載:ハードテクノとは何か?
第3回:ハードアシッド編
第1回:黎明期編
第2回:ハードミニマル編
第3回:ハードアシッド編 (今回)
第4回:ハードトライバル編
第5回:ハードハウス編
第6回:シュランツ編
第7回:ハードグルーヴ編
第8回:インダストリアル編
第9回:テックダンス編
番外
第1回:メロディアス・ハードテクノ編
第2回:ハードダンス編
第3回:ディスコ編
こんばんは。TAK666です。
レジデントが代わる代わるオススメハードテクノを紹介するこのコーナー、
2週間ぶりにワタクシが担当致します。
ここ数回に渡ってお送りしております、ハードテクノが内包する音楽のスタイルについて解説していくコーナー、今回はその3回目となります。
初回ではハードテクノのサブジャンルについて上のような図を用いて表した上でハードテクノの特徴を
・メインストリームテクノよりは速いテンポ
・4分打ちのハイハットによる疾走感のあるグルーヴ
・キックの強度やベースの厚み
としました。
今回はこの中のハードアシッドと云う音楽について紹介していきたいと思います。
いきなりで申し訳ございませんが、このハードアシッドと云う呼称は一般的に広く使われているものではありません。
とは言え、Soundcloudでタグ検索すると一定数の楽曲は挙がってくるので、ワタクシがここで勝手にそう呼び出したと云うものでもないのですが、これから説明する音楽をそう呼んでいる人はそう多くないと云うことは覚えておいてください。
と言うのも、本来の呼び方はアシッドテクノ、或いはもっとシンプルにアシッドなのです。
しかし、この呼称に属する音楽はアシッドサウンド(※後述します。)を使ったあらゆるスタイルのテクノが含まれるため、これから紹介するハードテクノのエッセンスを取り入れたアシッドテクノを指す名称として単純なものがハードアシッドとなり、今回は便宜上この呼び方で統一させてください。
それを踏まえた上で、この音楽を特徴付ける最も重要な要素であるアシッドサウンドについて説明すると、1980年代中期にRolandが発売したシンセサイザーTB-303を用いて鳴らすことの出来る特徴的な音が最初期の定義です。
これを最初にダンスミュージックへ落とし込んだのがシカゴのハウスDJ、DJ Pierreでした。
Acid Tracks (12″ Version) by Phuture on Beatport
オリジナルは1987年リリース。こちらは2013年にリリースされたリマスター版です。
この全編に渡ってビヨビヨ鳴っているのがアシッドサウンドです。
この奇妙且つ革新的な音はダンスミュージックの枠を超えて広く支持され、当初ベース代用シンセとしての用途を想定されていた安価な機材だったTB-303はあっという間にクリエイター必携の機材へとのし上がった程の広がりを見せました。
(現在ではえげつないプレミア価格で取引されております。)
ちなみに現在では生産を終了してしまったTB-303ですが、MC-09、TB-3、TB-03と云った同系統の音を出すことの出来る後継機(クローン)が多く販売されたため、今となってはTB-303を使用せず作られたアシッドサウンドも多く存在します。
また、このアシッドサウンドの拡大に一役買ったのが、当連載の初回でも触れた90年代初頭のヨーロッパ・レイヴです。
快楽主義を至上命題とするレイヴミュージックはアシッドサウンドの中毒性と相性が良く、当時のレイヴアンセムと称された有名楽曲の多くにこの音が用いられました。
LFO / LFO然り、The KLF / What Time Is Love?然り、Orbital / Chime然り、そして初回でも紹介したJoey Beltram / Energy Flash然りです。
やがて90年代初期にテクノと云うジャンルが確立するのに追随するように、アシッドサウンドもまたテクノとの親和性を見出すようになります。
これがアシッドテクノと呼ばれる音楽の成り立ちと言えるでしょう。
代表的な曲といえばこちら。
Acperience 1 (Original Mix) by Hardfloor on Beatport
ドイツの2人組ユニット、Hardfloorによる1992年作のトラック。
結成から僅か1年にしてリリースされたこの曲は全編9分にも及ぶ超大作であり、2台のTB-303を同時に鳴らすと云うインパクトも相まって大ヒットを記録。
後にAcperienceシリーズと銘打つ彼らの代表曲となっております。
現行7まで続いており、そのAcperience7は2017年のアニメーション映画交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューションの挿入曲として書き下ろされたと云う経緯があります。
MV HRDFLR「Acperience7_eureka_mix」(交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション 1 挿入曲) – YouTube
その後、テクノがハードテクノへと広がっていく過程でアシッドテクノもまた硬質的なリズムに対してアプローチする一派が出てきました。
その前夜とも言える1995年にリリースされたこちらの曲はアシッドテクノに於ける超重要なものとして位置付けられています。
Access (Original Mix) by DJ Misjah & DJ Tim on Beatport
オランダのDJ MisjahとDJ Timのペアによって作られた曲。
それまでのテクノには無かった肉厚なビートの上でアシッドサウンドがこれでもかとばかりに鳴り響く攻めっ気たっぷりの仕上がり。
自身のみならず、これがリリースされたDJ MisjahのアシッドテクノレーベルX-TRAXの代表曲としても有名な程、一大ヒットとなりました。
後年、Thomas SchumacherやSecret Cinemaといったテクノ界の大御所たちによるリミックスEPが出たり、比較的最近と言える2015年にも次世代のトランスアーティストJohn Askewによるリミックスがリリースされたりと未だに強い影響力を持っている紛れもなくアシッドテクノアンセム。
詳しいアシッドハウス~テクノに至るまでの時代については既に相当数のまとめ記事が存在するので以下に紹介するに留めます。
100曲で振り返るアシッドハウスの歴史(1/5) | Mixmag Japan
アシッドハウス、レイヴの歴史が一目でわかる秀逸な回路基板風の相関図 – letter music
アシッドハウス、レイブ全盛期を振り返るドキュメンタリーとは? | block.fm
さてやっと本題、ハードアシッドについてです。
それに触れるに際し、原点にして頂点とも言えるイギリスのレーベルがあります。
それがAaron Liberator、Chris Liberator、そしてJulian Liberatorの3人によって1993年に設立されたStay Up Foreverです。
3名とも先のヨーロッパ・レイヴ、特にアシッドサウンドに触発されたことで出会ったもの同士とあって、レーベル初期の作品は別段ハードでこそないものの、アシッドテクノを産出し続けていると云う点に於いては一貫しています。
そう、設立から四半世紀を経た2019年現在もなんと活動継続中のレーベルなのです。
彼らが明確にハード路線に傾倒するようになったのは1995年のこと。
テクノの誕生以降、あらゆるスタイルの楽曲が生まれるようになった中でChris Liberatorはアシッドテクノの本質は太いアナログサウンドに基づくリズムにあると提唱しました。
より下品でアグレッシヴなサウンドを追求するそのスタンスはアシッドテクノの中でもアンダーグラウンドな層に届き、じわじわと、しかし着実に根を広げていったのでした。
※参考:Chris Liberator | higher-frequency
そのハード路線転向直後の作品がこちらになります。
Acid War (Liberator’s 303 Attack Mix) by Dom on Beatport
1995年の作品。
リミキサーであるLiberator(Liberator DJs)とはAaron Liberator、Chris Liberator、Julian Liberatorの合同名義です。
上で紹介したHardfloorのAcperience 1が全長9分に及ぶと強調しましたが、こちらはそれを凌ぐ10分に届きそうな尺。
そしてその尺をBPM150と云う速さ且つほぼ全編に渡って攻撃的なアシッドサウンドが支配すると云う、それまでのテクノの常識を覆すようなトラックを提示しました。
これ以降、Stay Up Foreverからのリリース及びLiberator DJsの3人の手掛ける音はこういったハードアシッドの色合いが強くなっていきます。
当時のハードアシッドのクラシックと云えばこちらの曲も有名です。
London Acid City (Original Mix) by Lochi on Beatport
Chris Liberatorと同じくアシッドテクノの古参プロデューサーであるPounding GroovesのユニットLochiによる1996年の作品。
こちらもイントロからアウトロまでみっちりアシッドサウンドが詰まっており、それがパラメーターを変化させながら展開していく内容です。
ある種の宣言とも取れるタイトルと相まって非常にインパクトの強い曲で、リリースから10年経った2006年にはセルフリミックスがリリースされたりもしました。
こちらは残念ながら配信されていない模様。ちなみにワタクシはこのヴァイナルを持っております。
また、後年には後続のハードアシッドプロデューサーであるJamie Taylor a.k.a. Tik Tokがこの曲にインスパイアされたと思わしき曲をリリースしております。
Lincoln Acid City (Original Mix) by Tik Tok on Beatport
これもまたかなりアグレッシヴなハードアシッド。
現代のクリアでカッチリした音でもって作りこまれているので、使い勝手の良いトラックです。
過去に行ったJamie Taylor aka Tik Tok特集はコチラ。
当時を代表するアーティストはLiberator DJsの他にもおりまして、同じくイギリス、ロンドンを拠点とするGeezer a.k.a. Guy McAfferもその筆頭格。
元バンドマンと云う異色の経歴の持ち主でありながら1996年よりアシッドテクノのトラックメイカーとして活動を開始。
その処女作がProzacと云う曲で、数多くのコンピレーションやDJMIXにも収録された言わば彼の代表曲でもあるものですが、1998年に発表したセルフリミックスがハード路線の紹介としてはピッタリの出来栄え。
Geezer – Prozac (Rejected Mix) – YouTube
まさしくChris Liberatorが提唱したファットなリズムとディストーションのきいた下品なリフと云うアシッドテクノの本質に近付いた作品。
これもまた9分超え。
そうです、ハードアシッドの1種の特徴とも言える要素として曲が長いと云う点があります。
リフそのものは短いスケールの反復がコアとなっているのですが、そこにパラメーターの変化を細かく加えることでより反復感を強調しているためと云うのが要因です。
ものによっては再生しながらリアルタイムでパラメーター操作したものを1発録音した曲もあったりします。
そういうところは確かにバンドのキャリアが光る点ではあるのかもしれませんね。
ちなみにこのGeezer、Jah Scoopと云う名義でレゲエダブの制作も行っていると云うマルチプレイヤー。
更には最近、このレゲエとハードアシッドを組み合わせた新しいサウンドを提唱しております。
Play With Fire (Jah Scoop Remix) by Benji303 on Beatport
レゲエ特有の裏打ちのギターが思った以上にハードアシッドと相性が良くて驚きます。
最近ダブをちょいちょい聴くようになったこともあり、個人的にこのスタイルにはかなり注目を寄せております。
原曲を手掛けたBenji303は2010年代に現れたハードアシッド新星注目株のような存在で、いろいろな形でGeezerともコラボレーションを行っている師弟のような関係。
こちらも以前特集を行いました。
もう1人、ハードアシッドの立役者としてここに付け加えるとするとやはりD.A.V.E. The Drummerは外せません。
Liberator DJs同様、1990年代初頭から活動を継続しているイギリスのアーティストで、こちらも活動初期はアシッドテクノに傾倒する姿勢をとっていました。
根底にあったのはレイヴの煌びやかさに依存しないダークな音作りであったようですが、結果としてハードアシッドとは相性が良かったようです。
DAVE The Drummer – Freedom Fighter (Smitten) – YouTube
1997年の作品。
この曲ではアシッドサウンドを本来の使い方に近い、ベースとして用いており、ウワモノとなるリフはかなりシンプルなものに留まっています。
その分リズムの推進力が全面的に発揮されている、これまで紹介したものとは少し毛色の異なるタイプのハードアシッド。
リフがシンプルな分、前回紹介したハードミニマルとは相性が良いです。
D.A.V.E. The Drummerも以前特集を組んでおります。
ここまでハードアシッドが確立するに際し重要な存在として挙げられるアーティストを3組紹介してきましたが、彼らはそれぞれ別個でレーベル運営も行っておりました。
Aaron LiberatorはWahWah、Chris LiberatorはCluster Records、Julian Liberatorは4×4 Recordings、GeezerはRipe Analogue Waveforms (RAW)、D.A.V.E. The DrummerはHydraulixを設立しており、どれもハードアシッドが世界に放たれる拠点として機能していたわけなのですが、後年、これらを含む20以上のレーベルをStay Up Foreverが吸収、それぞれのレーベルを傘下に持つ巨大なアシッドテクノコネクションを形成するようになります。
現在Stay Up Foreverのサイトでこれらのレーベルの作品が参照できるのはこのためです。
ここまでアーティスト、プロデューサーの繋がりが強いシーンと云うのもなかなか珍しいのではないかと思う一件です。
2000年以降も彼らに影響を受けたアーティストが多く出現しました。
例を挙げるとアシッドテクノの本場イギリスからはMobile Dogwashはオススメです。
Psycho-Delic (Original Mix) by Mobile Dogwash on Beatport
2007年の作品。
オールドスクールテイスト抜群のディストーションアシッドもの。
これ以外にもド直球なハードアシッドを多く手掛けております。
後年の作品でもWith a Parsnipは何回か使ったことがあるくらいには好み。
またイギリス以外にもこのスタイルのアシッドテクノは伝搬しております。
こちらも以前特集を行ったGanez The Terribleはフランスのクリエイター。
GTT 01 – Ganez The Terrible – The House Of Jericho (Remix 1) 2003 – YouTube
2003年作。ご存じの方もいらっしゃるでしょうが、元ネタです。
上で取り上げたD.A.V.E. The Drummerのダーク寄りなスタイルを踏襲しているタイプのハードアシッド。
この時代にしては珍しくブレイクビーツ混じりのブレイクなんかも取り入れており、ブートレグで片付けてしまうには惜しい逸品。
また、テクノ以外からの要素を合致させたトラックの作り手とも言えるのがSterling Mossです。 (特集回)
Techno Punks (Original Mix) by Sterling Moss, DVS on Beatport
2017年作。
過去の曲は割合ハードミニマルとも言える暗くて硬い曲が多いのですが、ここ数年で目に見えてアシッドサウンドを前面に強調したトラックが増えてきたので、あえて最近の曲を紹介します。
前のめりなグルーヴとバウンス感のあるファンキーなアシッドサウンドのリフが良いバランスで共存する個人的にドツボな楽曲。
最後に、現行のハードアシッドの掘り方について。
上記で紹介した曲の試聴リンクが埋め込まれているように、beatportやjunodownloadと云った大手配信サイトでも楽曲の購入自体は可能です。
しかし、固有のジャンル分けがされているわけではなく、これらのサイトから探そうとするとテクノやハードテクノと云ったカテゴリーの中から根気よく探すしかないと云うのが悲しい現状です。
こちらからヒントを提示するとしたら、幾つかのレーベルがハードアシッド楽曲を纏めたコンピレーションをリリースしております。
比較的最近のオススメを挙げるとこの辺りです。
Hypnohouse Acid Techno Collection, Pt. 4 from Hypnohouse Trax on Beatport
Special Acid Techno Compilation, Vol. 4 from AK Recordings on Beatport
両者ともシリーズ化されているのでこれらの収録アーティストを辿ってみると云うのが1つの現実的な案ではないでしょうか。
コンピレーション自体も入門編としては大分贅沢なラインナップとなっております。
レーベル伝いと云う手も大いに可能だと思います。
上記コンピレーションのリリース元であるHypnohouse Traxは一般的なアシッドテクノも含めた様々なスタイルのものがあります。
ハードアシッドにこだわるならば上で少し触れたJamie Taylor a.k.a. Tik Tokが運営するMP303ですとか、Benji303率いる303 Alliance辺りはとても良い感じです。
その他にもFlatlife Records DigitalやBraingravyなどそれなりにレーベルも数多く存在しているので、是非これらを参考に探してみてください。
そして何と言っても忘れてはいけないのがこのハードアシッドを含むアシッドテクノ専門のオンラインショッピングサイトがあると云うことです。
それがこちら。
自身もDJとして活動しているThermoBeeによって運営されている楽曲配信、情報サイト。
バックカタログとして掲載しているものを試聴すると分かりますが、隅から隅までアシッドサウンドです。
お値段は大手配信サイトに比べると割高ではあるものの、大手配信サイトに対して先行で販売される作品があったり、更にはここにしか流通していないトラックがあります。
例えば上で紹介したGeezer a.k.a. Guy McAfferのレゲエ×ハードアシッドプロジェクトであるJah Scoopの活動レーベルSonic Iration Digitalは現状、909Londonを通す方法以外に購入手段がありません。
これらの理由により、大手配信サイトからは得られないアシッドテクノの情報源としてはかなり強力なものになります。
是非ご留意のほど。
以上、ハードアシッド編をお送り致しました。
この音楽の特徴についてまとめると、アシッドサウンド+速い+反復 (+長い)がキーポイントになっていると思います。
あと上記で触れることができませんでしたが、大抵の曲にロングブレイクがあると云うのも1つ大きなポイントです。
前回紹介したハードミニマルとは異なり、あまり複数の曲を長時間重ねるような構造にはなっておらず、アシッドリフが細かく変化しているのを楽しむ、と云うのが魅力のスタイルです。
今回も相当長くなってしまいました。(本当は新規アーティストの紹介とかもしたかった。)
タイトに纏められるか不安だった前回の予感が大当たりしてしまいました。
と云うわけで次回の『特別連載:ハードテクノとは何か?』につきましては07月25日に公開。
小テーマはマシンミュージックに対する生音の逆襲、ハードトライバル編となります。
そして次週07月16日は774Muzikさんが担当します。
今回はこれにて。
第1回:黎明期編
第2回:ハードミニマル編
第3回:ハードアシッド編 (今回)
第4回:ハードトライバル編
第5回:ハードハウス編
第6回:シュランツ編
第7回:ハードグルーヴ編
第8回:インダストリアル編
第9回:テックダンス編