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特別連載:ハードテクノとは何か? – 第7回:ハードグルーヴ編


特別連載:ハードテクノとは何か?
第7回:ハードグルーヴ編
特別連載:ハードテクノとは何か? – 目次

第1回:黎明期編
第2回:ハードミニマル編
第3回:ハードアシッド編
第4回:ハードトライバル編
第5回:ハードハウス編
第6回:シュランツ編
第7回:ハードグルーヴ編 (今回)
第8回:インダストリアル編
第9回:テックダンス編

番外
第1回:メロディアス・ハードテクノ編
第2回:ハードダンス編
第3回:ディスコ編

こんばんは。TAK666です。
レジデントが代わる代わるオススメハードテクノを紹介するこのコーナー、
2週間ぶりにワタクシが担当致します。

いよいよHardonizeまであと2日と迫ってまいりました。
今週末開催です。
インフォメーションはこちら。

2019/9/7 Hardonize #34


ゲストにATTさんとni-21さんをお招きし、6時間みっちりハードテクノでお送り致します。

尚、当日は国内テクノアーティストによるコンピレーション、Techno Alliance vol.6が配布されます。
http://www.technoalliance.net/
今回は全24曲と相変わらずの物量。
勿論、各パーティーにお越し頂いた際に無料でお渡し致します。

09月07日の土曜日、15時より早稲田茶箱にてスタート。
どうかよろしくお願い致します。

さてさて、ここ数回に渡ってお送りしております、ハードテクノが内包する音楽のスタイルについて解説していくコーナー、今回はその7回目となります。

初回ではハードテクノのサブジャンルについて上のような図を用いて表した上でハードテクノの特徴を
・メインストリームテクノよりは速いテンポ
・4分打ちのハイハットによる疾走感のあるグルーヴ
・キックの強度やベースの厚み
としました。
今回はこの中のハードグルーヴと云う音楽について紹介していきたいと思います。

さてこのハードグルーヴと云う名称について、『そもそもジャンルの名前だったの?』と思う方もいらっしゃるかもしれません。
Hardonizeと縁の近いところでは以前クルー総出で出演したこともあるTOKYO HARD GROOVE SESSIONと云うパーティーがあり、その中ではハードコアやハードスタイル、ドラムンベースをひっくるめたハード系ダンスミュージックの総称として使われている単語です。
ところがことハードテクノに於いてはこれが単一のスタイルを指すものとして定着しております。
試しにSoundCloudでタグ検索すると国内国外問わず、まあまあヒットするのがお分かり頂ける筈です。

とは言え、シーンとしては言ってしまえば小規模。
ここ日本に於いてパーティーで聴く機会もそんなにない音楽でありますので、今回解説していきます。
ちなみに、Hardonizeに於いてはかなり頻繁に取り上げられる音楽でもあります。
第1回目の時にプレイしていたのはワタクシ1人くらいのものだったんですけれども。

さて、このハードグルーヴと云う名称をテクノに於いて初めて使用したのはハードトライバル編でも取り上げましたイギリスを代表するアーティストBen Simsです。
彼が1998年に自身のレーベルTheory RecordingsよりリリースしたEPのタイトルThe HardGroove Projectが初出と考えられています。

Ben Sims / Phaser

Ben Sims – Phaser (Techno 1998) – YouTube

しかし、収録曲はどれもこんな感じでトライバルテクノ一直線でした。
Ben Simsは後にHardgrooveと云う名前でレーベルを立ち上げることにもなるくらい言葉としては頻繁に用いるものの、これらのリリースを含め、後のハードグルーヴの生成にBen Simsが深く関わったと云う資料は今のところ見当たらないので、あくまでハードグルーヴと云う単語を生み出したのがBen Simsであると云う記述に留めます。
従ってこの1998年の時点ではハードグルーヴが何なのかとか、そもそもスタイルの名称なのかと云うことすら決まっておりませんでした。

では実際にハードグルーヴがどのようにサウンドとして確立していったかについては、時期的には2000年代初頭のトライバルテクノから分岐していったと考えられます。
トライバルテクノがパーカッションをはじめとするリズムの手数が多いテクノとして1990年代後半に浸透したと云うことについてはハードトライバル編で紹介した通りですが、このスタイルをもう1歩踏み込み、リズムの手数の多さに加えてシンセによるリフを強調したテクノと云うものが出始めるようになりました。

具体例としてはこの辺り。

Valentino Kanzyani / Major Improvements

Valentino Kanzyani – Major Improvements (2001) – YouTube

2001年リリース。
基礎としては反復と云うキーワードを踏襲したトライバルテクノですが、ハウスとしても機能しそうなややアーバンなリフにうねりのあるベースが特徴のテクノ。
Valentino Kanzyaniは1990年代からスロベニアを拠点として活動を開始した東欧テクノシーンの重鎮とも言える存在で、デビュー当初からこのようなリフものトライバルテクノを手掛けておりました。
ちなみにこの曲が収録されている盤の裏面に入っているHouse Soulもカッコいいです。

加えて同時期の作品をもう1つ。

Marco Bailey, Tom Hades / Ism Drive

Ism Drive (Original Mix) by Marco Bailey, Tom Hades on Beatport

2002年リリース。
スケールの長いシンセをチャカポコリズムが支える疾走感のある曲。
こういう有機質と無機質が共存するサウンドは往年のテクノって感じがします。
共にベルギーを拠点としているMarco BaileyTom Hadesのベテラン同士による共作。
Marco Baileyは後にWIRE04で来日しているので、名称はさておいてもこのスタイルの音楽を聴いたことがあると云う方はそこそこ居てもおかしくないのです。

一方、ハードミニマル編に於いてスウェーデンがハードテクノの新興国として上がってきたと記しましたが、この頃トライバルテクノに於いても重要人物が現れておりました。

Hertz / Alone (Mix 1)

Alone (Mix 1) by Hertz on Beatport

2003年リリース。
同年、T99 / AnasthasiaをサンプリングしたRecreateがセンセーショナルヒットとなったことによって一躍時の人となるHertzですが、こういったファンキーなリフ回しも得意分野の1つとして活動初期から腕を揮っておりました。

最後にもう1つ。

Budai & Vic / Ma Macoosa

Ma Macoosa (Original Mix) by Budai & Vic on Beatport

2003年リリース。
こちらはシンセによるリフよりサンプリングされたボーカルによるループがより前に出ているタイプのトラック。
ちなみに元ネタはご存知Michael Jackson / Wanna Be Startin’ Somethin’です。
Budai & Vicはハンガリー出身のユニットと云うことで、こちらも東欧テクノの筆頭格。
アップリフティングな曲調のトラックが押し並べて多く、ハードハウスのDJからも支持されていたクリエイターです。

その他、同時期にこういったスタイルの曲をリリースしていたアーティストとしてIgnition TechnicianCristian VarelaDJ Preachなどが挙げられます。
レーベルではMarco Bailey主導によるMB Elektronicsや、Budai & VicによるEgo Traxx Records、その他にもPrimate Recordingsや、Yin Yangと云った存在がありました。
黎明期と云う割にはそこそこ供給場所が豊富だったような気がします。

但しこの時点ではこれらのジャンルを統括する名前はなく、ハードグルーヴの名付け親であるBen Simsもこういったスタイルの楽曲リリースは特になかったため、ファンキーなトライバルテクノと云う表現をするしかありませんでした。

さて、2000年代も中盤に差し掛かると上記のアーティストに影響を受けた所謂第2世代の存在が台頭してくるようになりました。
以前特集を行ったドイツのChristian Fischerもその内の1人です。

Hybrid Players, Christian Fischer / Hit Me

Hit Me (Original Mix) by Hybrid Players, Christian Fischer on Beatport

2006年リリース。
これまでの曲より更に厚みを増したリズム帯にカッティングギターやブラスの音が乗っかったファンクネス全開のトラック。
こういった生音系のウワモノを多用するスタイルは当時のChristian Fischerが頭1つ抜けていた印象があります。
現行のハードグルーヴと比較しても決して見劣りしない、今でも大好きなトラック。

そのChristian Fischerと当時から頻繁に共同で作品を作り上げていたのがブラジルのクリエイターWehbbaです。
今やテクノシーンのトップレーベルDrumcodeの一員として大御所に並んで活動を展開しているWehbbaですが、デビュー当初は音数の多いハードテクノのリリースがメインでした。
(余談ですが、先日の来日公演は大変良かったです。Hardonize #33終了直後の疲れを引っ張ってでも行った甲斐がありました。)

Wehbba / Gold Fever

Gold Fever (Original Mix) by Wehbba on Beatport

2007年リリース。
ウワモノのシンセは控えめに、逆にベースラインの部分が一際目立つタイプのトラック。
上記Christian Fischerの作品もそうですが、当時のこのスタイルの音楽の特徴としてハイハットの存在感が顕著になっていきます。
前のめりなドライブ感を印象付ける大きな要素と言えます。

もう1つ当時大いにお世話になった曲を。

Killian / Memory

Killian’s – The Brain – YouTube
(リンク先タイトルが間違って付けられておりますが、Memoryが正しいです。)

2007年リリース。
一聴してお分かり頂けるでしょう、レイヴアンセムL.A. STYLE / James Brown Is Deadのリフをこれでもかと言わんばかりに使い倒したド派手ハードテクノ。
これを作ったKillian’sも実績のあるアーティストで、リリース元となったPrimevilも上記Primate Recordingsから派生した由緒正しいテクノレーベルの筈なのに、どうしてこうなった。
ちなみに別面収録のConvulsion(こっちもタイトル間違ってますね。)はフィルターディスコ+ハードテクノのハイブリッドでマジでカッコいい仕上がりです。
2019年現在、ヴァイナルでしかリリースされていないのが惜しいくらいのガチ名盤。

この2000年代中期に設立されたレーベルの中に、クロアチアのSoul Access、オランダのAdult Records、同じくオランダのPatternsがあるのですが、この3つはハードグルーヴシーンに於ける御三家と言えるくらい、黎明期~発展期を支えたレーベルたちでした。
当時の主要アーティストはほぼこの3つに固まっていると言っていいくらい、影響力があったのです。
惜しまれることに前者2つは現在活動休止、Patternsは現存するものの、テックハウスのレーベルとなっておりますが、幸いなことに設立当初の曲も含めて配信が行われておりますので、これからこの音楽に触れてみようと考えている方に対する入門資料として特にオススメしたいレーベルです。

ちなみに、同じく2000年代中期に設立されたレーベルでP Seriesと云うレーベルもあるのですが、前回シュランツ編で触れたSchranz同様、匿名によるブートレグリリースをメインとするレーベルです。
音的な相性はかなり良いのですが、内容がかなりアレなので、この手の音がある程度分かってきた後に悪知恵を付けたくなったら参考にしてみてください。

尚、ここに至ってもまだこのジャンルに名前は付いておりませんでした。
ハードなアシッドテクノや、ハードなトライバルテクノに未だにはっきりとした名前がないように、なんとなくテクノと云う音楽は過度な細分化を嫌う傾向が感じられると云うのは分かるのですが、ここまで音が変容してくると最早それまでのトライバルテクノとは異なるものとしての印象の方が強くなってきたのを覚えています。

だもんで、当時の自分はかなりテキトーな名称でこの手の音楽を呼んでいました。
確かハードディスコとか、ファンキーハードテクノとか。

更に余談となるのですが、当時渋谷にあった都内最大規模のレコードショップにCISCO RECORDSと云うお店がございまして、このCISCO RECORDSはジャンルごとにウェブサイトのメインカラーを変えて表示していたのです。
ヒップホップは緑R&Bは薄紫テクノは青ハウスはオレンジトランスはピンクレゲエは薄い緑と云った具合に。
(上記着色はわざわざWayback Machineから在りし日のCISCO RECORDSのウェブサイトを表示させて全部再現しました。懐かしい配色ですね。)
で、この手のアグレッシヴなテクノはテクノのページに並ぶのではなく、トランスのページに表示されることが多々ありました。
恐らく普通のテクノに比べると何分派手であり、むしろトランスDJがトランスの合間合間にこういったテクノをかけると云う使い方の方が需要があったためだと思われます。

で、ワタクシやSangoさんはむしろその派手なテクノをトランスのページから狙い撃ちして購入していたため、いつしか2人でピンクのテクノと呼んでいた時期がありました。
会話例:『今週ピンクのテクノ何か良いのあった?』
今となっては何も伝わらないネーミングなので、後に特定のジャンル名が付いたことは本当に良かったと思っております。
仮に今現在もCISCO RECORDSが現存しており、このジャンルに名前がなかったら間違いなく我々は今もピンクのテクノ呼ばわりだったと思うので。

2010年に近付く頃にはこのスタイルの音楽を担うアーティストがこれまで以上の勢いで現れ始めました。
この時のテクノと云えばミニマルやクリックと云った音数が削ぎ落された大人しいスタイルがシーン全体を席巻しており、ハードテクノはすっかり日陰者扱いされていた冬の時代です。
なのであえてこの頃にハードテクノに着手したアーティストと云うのは精神とサウンド共に骨太な印象が強く、現在のハードグルーヴに至る道筋を明確に示した人たちと言えます。

例えば個人的に昔から猛プッシュしているスペインのRaul Mezcolanzaはこの頃にデビューを果たしたアーティスト。

Raul Mezcolanza / You Can Get By

You Can Get By (Original Mix) by Raul Mezcolanza on Beatport

2009年リリース。
ブラスやギターのようなシンセに加え、深さも伴った肉厚なグルーヴ。
ある種これまでのテクノにはなかったファンキー且つアグレッシヴな要素を取り入れたトラック。
ファンキーなリフとどっしりしたリズムと云う組み合わせに於いてはこの頃のRaul Mezcolanzaの作品は突き抜けていた印象があります。

ちなみに、この連載の最初の回でアーティスト特集として取り上げたのがRaul Mezcolanzaについてでした。
自分のハードグルーヴ遍歴の中でかなり重要な位置付けとなっているアーティストです。

同じくこの頃にデビューした重要人物がこれまた同じくスペインのDavid Moleon

David Moleon / Don’t Panic

Don’t Panic (Original Mix) by David Moleon on Beatport

2009年リリース。
David Moleonはハードテクノ、ハードグルーヴに於いて活動初期の頃からかなり多様なスタイルで曲を作っており、Raul Mezcolanzaに近いヘヴィーウェイトなものもあればトライバルテクノに先祖返りしたようなものもあります。
しかし、この曲のように直感的なシンセサイザーの音でもファンクネスは体現できると示した辺り、先見の明があったと感じています。
前のめりなリズムもカッコいいですね。

また蛇足になりますが、アーティスト特集で上のRaul Mezcolanzaに続く2回目で紹介したのがこのDavid Moleonです。

一方、リフの陽気さではない部分を武器にこのスタイルを追求した一派もおりました。
その筆頭がポルトガルを拠点とするGoncalo Mです。

Goncalo M / Gain Hi

Gain Hi (Original Mix) by Goncalo M on Beatport

2008年リリース。
上2曲と比べると大分タイプが異なるように聴こえる筈です。
かなりシンプルなリフに重厚なベースラインと云う組み合わせはむしろハードミニマルを彷彿とさせますが、リズムの手数の多さはトライバルテクノから継承されたものと云う感じを受けます。
現在まで引き続いているGoncalo M得意のスタイル。

そしてGoncalo Mもまた過去に特集済み。

最後にもう1人、スペインのAitor Rondaもこれらの中に含まれるアーティストです。
David Moleon同様、リリースによって器用にスタイルを使い分けるタイプのクリエイターなのですが、稀に特大ホームラン級に個人的に刺さる曲をリリースするのです。
何度もDJで使用し、この手の音楽を語る上で忘れられない作品が少なくとも2曲存在します。
1つ目がこちら。

Aitor Ronda / Pagando Mi Cumpleanos

Pagando Mi Cumpleanos (Original Mix) by Aitor Ronda on Beatport

2010年リリース。
仄かに哀愁漂うカッティングギターのリフとパーカッションリズムの相性がメチャクチャ良い。
ブレイクではブラスの音が入り、エモーショナルさが増すと云うテクノらしからぬ音使いがふんだんに詰め込まれた曲。
この時点に於けるハードグルーヴの到達点と云う印象を未だに強く持っています。

そしてもう1つがこちら。

Aitor Ronda / Chicas De La Vida

Chicas De La Vida (Original Mix) by Aitor Ronda on Beatport

同じく2010年リリース。
上の曲とはガラリと雰囲気が変わり、ビッグバンド編成のブラスサウンドを中心に据えた曲。
さながらスイングジャズ・ミーツ・ハードテクノと云った塩梅で、こんな曲他に知りません。
インパクトの割に意外に使いやすかったりで、即戦力間違いなしのトラック。

このほか、同世代のアーティストと云えばOmega DriveAndy BSKChris Chambersなどが挙げれます。
当ブログに於ける他の人の担当回で名前が挙がることも多く、2019年現在この音楽を引っ張っているアーティストが多い印象です。

そして2010年に入りようやくこのスタイルのテクノにハードグルーヴの名前が付けられたのです。
こちらで把握している限りに於いてBen Simsの後、初めてこの名前を使ったのはテクノ、ハウスのコンピレーションを手掛けているFeverと云うレーベルの作品。

Hardgroove Techno Fever Volume 1 from Fever on Beatport

タイトルにボリューム1とあるように、短期間ではあるもののシリーズタイトルとして7作目まで継続されました。
確認したところBeatportには全て揃っておりましたので、こちらもハードグルーヴへの入り口としてオススメします。
特にMasters Of Hardgrooveなんかは20曲収録とかなりお手頃ですし、2010年以降に登場したアーティストの曲なんかも入っているので、まだまだ現役で参考になる作品と言えます。

長くなってきてしまったので楽曲については割愛とさせて頂きますが、2010年代に登場したアーティストとしてはEric SandAlmir LjusaMark ReyThomas Willなどが挙げられます。
Almir Ljusaについては現役世代のトップクリエイターとして以前特集を組みましたが、その他のアーティストについても当ブログに於ける他の人の担当回で名前が挙がることが多い名前ばかりです。
直近でも新規参入がそれなりに見受けられるジャンルでもありますので、是非引き続き当連載をご愛好頂けますと嬉しいです。

最後に、ここ日本でどのようにハードグルーヴが取り上げられているかについてご説明しますと、DJ SHINKAWAさんやYO-Cさんと云ったアップリフティングな選曲をする方々は、割合黎明期の頃からこのジャンルに注目していたと認識しております。
両名共にメインフィールドであるハードハウスやトランスの合間合間にハードグルーヴを使用している光景を実際に見たことがあるので、ある意味で前述のCISCO RECORDSがトランスと同じカテゴリーでこういった音楽を取り扱っていたのは正解だったのかもしれません。

もう少し身近なところではDJイオさんとpariccoさんによって運営されていたLBTの初期(2001年頃)はディスコリフを多用した硬いテクノが多くリリースされており、今となってはハードグルーヴとの共通点を見出すことができます。
(A Vagary ZoneとかUnderage Drinkers辺りは未だに好きです。)
残念ながらこれらの配信は今現在行われていないようですが、DJイオさんのSoundCloudアカウントにハードグルーヴのブートレグが挙がっておりましたので以下に載せておきます。

Creepy Nuts (R-指定&DJ松永) / 助演男優賞 (DJイオ crazy mash up)

助演男優賞(DJイオ crazy mash up) / Creepy Nuts(R-指定&DJ松永) by dj io | Free Listening on SoundCloud

一方東京から距離を置いた名古屋ではFreestyleと云うレコードショップがやはり早いうちからこれらのヴァイナルを取り扱っておりました。
まだ楽曲配信サイトが整っていなかった時代且つこの音楽に関してはCISCO RECORDSより取り扱い数が多かったこともあってハードテクノのメッカと称されていたこともあります。
当然、同ショップオーナーのDJ Nakaharaさんも、いち早くこれらのテクノをプレイしておりました。

現在ではそのスピリットを受け継いだHard Techno Groovesと云うパーティーが名古屋を中心に開催されており、Hardonizeとも縁のある方々がゲストとして招聘されております。
これまたタイムリーなことに09月21日には大阪で番外編が開催されるとのことなので、近郊の方は是非足を運んでみてください。

iFLYER: Hard Techno Grooves#7.5 大阪 @ MILULARI, 大阪府

そして数々の有名レーベルとサインし、それらから精力的にリリースを行うなど日本からワールドワイドに活躍しているハードグルーヴのアーティストがおります。
それが過去Hardonizeにも度々ご出演頂いているHomma Honganjiさんです。

Homma Honganji / Setomono

Setomono (Original Mix) by Homma Honganji on Beatport

折角なので割合最近リリースされたものを。
ボイスサンプルのファンキーさとリフのちょっと哀愁漂う感じが共存した良い感じのトラック。
ストレートなリフループものも作るし、ハウスのようなアーバンなテイストも作るし、時には4つ打ちではないテクノも手掛けたりするなど多様なスタイルを手中に収めており、且つそれらをハードグルーヴに惜しみなく注いでいる印象を受けます。

トラックに於いても十分にインパクトが強いのですが、DJのインパクトはそれ以上です。
頑なに4デッキスタイル(しかもCDとヴァイナルオンリー)を貫き通し、ミキサーの縦フェーダーが4つ全て上に行っている瞬間もあるのに、それら全てのトラックのビートが寸分の狂いなく鳴らされていると云う超技巧の持ち主。
本人にどう云う発想を以ってこのプレイに行き着いたのか聞いてみたことがありますが、『これが普通だと思っててこのスタイルでしかDJをやったことがない。』と返ってきたので、おそらく脳味噌の出来からして何か違うのだと思いました。

で、今回のHardonizeでお招きしたATTさんも日本でハードグルーヴをプレイし続けているDJです。
新宿CODEや青山MANIAC LOVEと云った今は亡き名門クラブのレジデントDJを務めていた経歴を見て分かるように現場力の高さは我々Hardonizeクルーを優に超えております。
その表現方法の1つがATTさんがSoundCloudで展開しているCrazy Mashupシリーズです。

— / Hot For You (DJ ATT Crazy Mashup)

[CM105] Hot For You (DJ ATT Crazy Mashup) by dj_att | Dj Att | Free Listening on SoundCloud

ダンスミュージックリスナーであればどこかで聴いたことがあるであろう曲をアップリフティングなハードグルーヴに乗せたマッシュアップ。
これが100作近くSoundCloudで公開され続けているのです。ちなみに、未公開のものもかなりあると仰っていました。
『楽曲はDJに於けるパーツとして見ている。』とは本人の弁ですが、その考え方を紐解くとこういったマッシュアップに辿り着くのも頷けます。
極端ではあるものの、オーソドックスなテクノが目指していた方向と云うのも、こういったところと近いわけですし。

と云った辺りで今回のHardonizeでお招きできたことをとても光栄に思っております。
『当日は派手にやったる。』ロバート・ガルシアみたいなことを仰っていたので、マッシュアップを持った奴が相手ならハードテクノを使わざるを得ない。

おまけ。つい1週間前に共演した際のATTさん。

以上、ハードグルーヴ編をお送り致しました。
この音楽の特徴についてまとめると、速い+パーカッションとハイハットに重点を置いたリズム+流動的なベースライン+シンセサイザーやサンプリングによるリフがキーポイントになっていると思います。
加えて、ブレイクが存在すると云うのも1つの特徴と言えるかもしれません。

トライバルテクノよりリズムのインパクトが抑えめなので、イコライザーの操作によって複数曲を重ねることは違和感なく可能です。
SangoさんやHomma Honganjiさんが行っているのは原理としてはこういうことですね。
また上記のように展開が曲中に含まれることもあり、これをどう生かすか或いは殺すかと云うセンスが問われるジャンルでもあります。
この辺りがハードミニマルやハードトライバルと少し異なる点でしょうか。

一方で、ウワモノの種類が豊富と云うのは『テクノ=地味』と云うありがちな方程式に対して正面から『NO』と言える気がします。
それユエに他ジャンル、特にリフやメロディーに重きを置いているトランスやハードハウスと云った音楽にも橋渡しできるので、使い方とDIG力次第で色々可能性が広がるでしょう。

スッ飛ばした箇所がある割にやはり長くなってしまいましたね。
そこそこ思い入れがある音楽だけにこんなになってしまいました。

さて、ここ7回程お送りしてきました『特別連載:ハードテクノとは何か?』ですが、当初の想定では次回パーティーまで続けることが目標でした。
従って今回を以って一応はそれを達成できたことになります。
もし全編通してご覧頂いた方がいらっしゃいましたらありがとうございました。

とは言え、上で作成したベン図の中に触れていない小テーマがいくつかあり、またその他の領域でも語れる部分があるのでどうしようかなと思案中です。
差し支えなければこれまでの感想や今後のご要望などございましたらお聞かせ頂けますと嬉しいです。
明後日のHardonizeで直接お話し頂ければ尚嬉しい。

2019/9/7 Hardonize #34


あんまり大声では言えませんが、ハードテクノ以外でもそこそこ解説できるものもあると思いますので。
(むしろそっちの方が面白いかもと思っております。)

差し当たり、次回は毎度恒例のトラックリスト解説の回になろうかと思われます。
パーティー本番も含め、引き続きご愛好の程よろしくお願い致します。

そして次週09月10日は774Muzikさんが担当します。
今回はこれにて。

特別連載:ハードテクノとは何か? – 目次

第1回:黎明期編
第2回:ハードミニマル編
第3回:ハードアシッド編
第4回:ハードトライバル編
第5回:ハードハウス編
第6回:シュランツ編
第7回:ハードグルーヴ編 (今回)
第8回:インダストリアル編
第9回:テックダンス編

番外
第1回:メロディアス・ハードテクノ編
第2回:ハードダンス編
第3回:ディスコ編

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特別連載:ハードテクノとは何か? – 第6回:シュランツ編


特別連載:ハードテクノとは何か?
第6回:シュランツ編
特別連載:ハードテクノとは何か? – 目次

第1回:黎明期編
第2回:ハードミニマル編
第3回:ハードアシッド編
第4回:ハードトライバル編
第5回:ハードハウス編
第6回:シュランツ編 (今回)
第7回:ハードグルーヴ編
第8回:インダストリアル編
第9回:テックダンス編

番外
第1回:メロディアス・ハードテクノ編
第2回:ハードダンス編
第3回:ディスコ編

こんばんは。TAK666です。
レジデントが代わる代わるオススメハードテクノを紹介するこのコーナー、
2週間ぶりにワタクシが担当致します。

次回Hardonizeまであと2週間と迫ってまいりました。
開催情報はこちら。

2019/9/7 Hardonize #34


ゲストにお招きしたのはATTさんとni-21さん。
長年に渡るキャリアを持つ御二人による良質ハードテクノを早稲田茶箱の良質な環境でお届け致します。

開催日程は09月07日の土曜日、15時よりスタート。
どうかよろしくお願い致します。

さてさて、ここ数回に渡ってお送りしております、ハードテクノが内包する音楽のスタイルについて解説していくコーナー、今回はその6回目となります。

初回ではハードテクノのサブジャンルについて上のような図を用いて表した上でハードテクノの特徴を
・メインストリームテクノよりは速いテンポ
・4分打ちのハイハットによる疾走感のあるグルーヴ
・キックの強度やベースの厚み
としました。
今回はこの中のシュランツと云う音楽について紹介していきたいと思います。

まずシュランツと云う単語の語源について説明すると、ドイツ語による造語です。
これを最初に提唱したのはハードミニマル編でも名前を出したChris Liebingでした。

Chris Liebing / The Real Schranz part 1 – A side

Chris Liebing – The Real Schranz part 1 – A side – YouTube

1999年のリリース。
そしてシュランツと云う名前が初めて世に出た作品でもあります。
当時ハードミニマルをはじめとするハードテクノをプレイしていたChris Liebingは、アグレッシヴなハードテクノがかかるとオーディエンスが絶叫しながら踊ると云う現象を度々見たそうで、そういった現象を生むハードテクノを叫ぶ(Schreien)踊る(Tanz)と云う2つの単語を組み合わせたシュランツ(Schranz)と名付けた、と云うのがそもそもの始まりです。
従って1999年にシュランツと云う言葉が指していた音楽と云うのは、これまで取り上げたようなハードテクノ全般に渡っており、現在と解釈が大いに違います。
上のトラックもシュランツの名前を冠しているものの、一般的に知られているシュランツとは異なる曲調であることがお分かり頂けると思います。
ちょっと音が歪んでいるハードミニマルと言いますか・・・ストイックでカッコいいんですけれどね。

ただ、そんなChris Liebingの出身国でもあるドイツではこのシュランツと云う単語は相当しっくりきたようで、シュランツにスポットを当てた名物コンピレーションがいくつか登場しました。

V.A. – Schranzwerk 5 CD1

Various – Schranzwerk 5 2002 CD1 [ZYX 81409-2] – YouTube

SCHRANZ TOTAL 3 0 MIKE DUST

SCHRANZ TOTAL 3 0 MIKE DUST – YouTube

Schranzwerkは2001年から2008年の間に展開していたベスト版とファイナルを合わせると23作品までリリースが継続したシリーズ。
一方Schranz Totalは2001年から2010年の間に21作品まで続いたシリーズで、両方とも当時ファンの間では定番と謳われたコンピレーションです。
リリース元はどちらもドイツのZYX Music
上で埋め込んだリンクは共にシリーズの序盤ナンバリングに当たりますが、収録楽曲が一般的なハードテクノとそう大差ないことがお分かり頂ける筈です。

ではどこでハードテクノと決定的な差が生じたかと言うと、1990年代初頭よりテクノのDJ、クリエイターとして活動していたDJ Rushの影響がありました。
(丁度先月来日していたんですよね・・・自分は見に行けなかったですけどハードテクノかかりまくりで相当良かったと聞いております。)
テクノアンセムとして名高いGet On Upが最適例であるようにバウンシーでいて太いリズムが最大の特徴と言えるDJ Rushのサウンドですが、DJに於いてはハコで定められた最大を超えた音量でプレイするため、過度なコンプレッサー処理によって音が潰れて聴こえると云うことが多々あったそうです。
分かりやすい例を挙げるとこういうことです。

音割れPPAP

音割れPPAP – YouTube

言うまでもないですけど原曲はこれです。
元々の曲と大いにかけ離れた出音になる上に機材にも負荷がかかるため、一般的には良くないこととされている手法ですが、この歪んだテクノに可能性を見出したクリエイターがスタジオでその出音を再現、これがシュランツの特徴へと引き継がれていきます。

尚、上で挙げたSchranzwerk及びSchranz Totalシリーズもナンバリング後期はこれらの特徴を踏まえた現代解釈と同様のシュランツを提示していくようになります。

SCHRANZWERK 18 MIX BY TORSTEN KANZLER CD 1 – YouTube
Schranz Total 15.0 – CD 1 – YouTube

DJ Rushがシュランツサウンドのパイオニアであることは名付け親であるChris Liebing本人からも語られております。

Schranz lass nach – dancecube

Chris Liebing erklart Schranz – YouTube

また、シュランツ黎明期から活動している夫婦ユニットPETDuoのインタビューでもこの一連の流れについては語られております。
ご丁寧に日本語字幕が付けられているので、かなり参考になる筈です。

TTYMF TV – Interview with PETDuo part.1

TTYMF TV – Interview with PETDuo part.1 – YouTube

ジャンルの誕生に於いてChris LiebingやDJ Rushは大きく影響を与えたものの、以後彼らがシュランツと積極的に関わることは今のところなく、シュランツの定義を強固なものにしたのはドイツを始めとする当時新星のクリエイターたちでした。
黎明期から活動していたアーティストとして挙げられる最先鋒と云えばFrank Kvittaがそうでしょう。

Frank Kvitta / Destroyer

Frank Kvitta – Destroyer [Schranz] – YouTube

2003年のリリース。
構成はハードミニマル同様、使用する音数は絞った上でリフの長回しに重点が置かれておりますが、ハードミニマルに輪をかけて速いテンポに全体的に荒々しいラフなサウンドが目立ちます。
重厚感と疾走感を同時に持ち合わせたエネルギッシュなサウンド、と云うシュランツの肝が黎明期にして提示されていました。
お手本のような曲です。

同時期、2003年にFrank Kvittaによって作られたTourette (Franks Fast Forward Remix)もまたシュランツ初期の作品としては秀逸。
こちらは現在でもbeatportで購入が可能です。

同じく黎明期のアーティストとして挙げられるのはO.B.I.でしょうか。

O.B.I. / Psychiatric Ward

Psychiatric Ward (Original Mix) by O.B.I. on Beatport

これも2003年のリリース。
無機質なシンセとベルのような音をメインリフにしつつ、それを食う極厚なリズム。
ハードミニマルを踏襲したストイックさはカッコいいですね。

ちなみにO.B.I.は自身のSoundCloudアカウントでSchranzformatorと云うブートレグリリースの展開を行っております。
勿論フリーダウンロード。
中には過去に変名義でヴァイナルリリースした曲もあったりするので初心者、ファン共に見逃し厳禁です。

もう1人いってみましょう。
Robert Natusも同じく初期活動アーティストの1人として挙げられます。

Sven Wittekind, Robert Natus / Kickass

Kickass (Original Mix) by Sven Wittekind, Robert Natus on Beatport

2003年リリース。
こちらはかなり1音1音に対する歪み度が高くなっています。
地を這うようなベースがアンダーグラウンドの音楽を象徴しているかのような好きです。

その他にも黎明期から活動していたアーティストとしてBoris S.Arkus P.、上記Schranz Totalシリーズでちらっと名前が出たMike Dustなどが挙げられますが、見事に全員ドイツ人です。
PETDuoも出身はブラジルですが、後にドイツへ拠点を移すことになるので、シュランツはドイツで育まれた音楽と言って差し支えないと思われます。

さてそんなドイツの地下で脈々と勢力を拡大していたシュランツが、日本にその存在を知らしめた瞬間がありました。
2006年09月02日。
行かれた方もいらっしゃるでしょう、この当時毎年行われていた大規模テクノフェス、WIRE06です。
当時のテクノ情勢と言えばそれまでのハードテクノブームが一段落し、少しテンポを落としたメロディアスなスタイルか、音数の削ぎ落されたミニマルテクノがじわじわとトレンドに上がってきていました。
割と象徴的だなと思ったのはハードトライバル編でご紹介したFilterheadzがそれまでの作風からガラッとイメージチェンジしたEndless Summerと云う曲を出したのがこの2006年でした。
(ちなみにこの曲メッチャ好きです。)

で、そんな中に於いてWIRE06に出演したFelix Krocherのプレイはそんな流行などお構いなしといった具合に徹頭徹尾シュランツの連打だったそうです。
当時の1シーンを切り取った映像がこちら。

Felix Krocher@WIRE06

Felix Krocher@WIRE06 – YouTube

実際のところ、Felix Krocherもまたシュランツ黎明期の頃から肩入れしていた存在であり(やっぱり彼もドイツ人)、来日の少し前にはHardtechno Experience Chapter Oneと云う全編シュランツ固め打ちであるアルバムをリリースしていたりもしていたワケなのですが、日本の大規模フェスでこのような音楽がかかったこと自体が異常で、この日のプレイによってシュランツに初めて触れたと云うリスナーも多かったと聞いております。
セカンドフロアでのプレイだったにも関わらず、爆盛り上がりだったそうな。

これ以降、日本で急速にシュランツと云う音楽に注目が当たり始めます。
そしてその需要を満たすだけの供給コンテンツがかなり充実していました。
過去にHardonizeへご出演頂きましたSatoshi HonjoさんがAdrenalineと云うシュランツオンリーのパーティーを発足させたのが2008年で、上で挙げたPETDuoやFrank Kvittaと云った現地のアーティストの来日を実現させるなど大きな存在感を放っていたように感じます。
2013年のPETDuo招聘の際はDOMMUNEへの出演も実現していました。

PETDuo @ Dommune 04.04.2013

PETDuo @ Dommune 04.04.2013 – YouTube

加えて渋谷を代表した存在CISCO RECORDSや、名古屋の名門Freestyleと云ったレコードショップが積極的にシュランツのヴァイナルを入荷していたことで、DJもシュランツに触れ易くなっていました。
これによってハードサウンド系のパーティーであればシュランツがかかると云う機会も多かったように思えます。
自分も使った記憶がありますし。

更には別ジャンルからの流入もありました。
特にハードコアテクノ界隈の飛び付きは結構早かった気がします。
後年には渋谷のハードコアテクノ専門ショップGUHROOVYの店主であるDJ CHUCKYさんが参入すると云ったことも起こりますが、当時の印象深かった出来事と言えばやはりコレ。

DJ TECHNORCH / Schranz X

Schranz X, by DJ TECHNORCH

2007年のリリース。
彼の大好物であるジュリアナレイヴのテイストが過分に含まれた派手なトラック。
Boss On Parade共々この頃のDJ TECHNORCHさんの代表曲として扱われていました。
完全に余談ですが、同じアルバムに収録されている復活富士山頂大回転Cave / Street Carnivalのアレンジだったり、1曲当たりの情報量がなかなかおかしいので今でもこのアルバムはオススメです。

上記で示したように、圧倒的な速度と音圧でもって聴く人にインパクトを与えたと云うのもありますが、シュランツに対して急速に注目が集まった理由としてはもう1つあったと個人的には思っています。
それはブートレグが盛んにリリースされていたことです。
何と言っても代表的なのは2004年から2009年にかけて存在したシュランツのブートレグレーベル、その名もSchranzです。

— / Schranz Slippy

Schranz Slippy Bootleg – YouTube

2005年のリリース。
Felix KrocherがWIRE06とそれに次ぐWIRE07でもプレイした伝説の1曲。
元ネタは言うまでもなくコレ
各レコードショップに於いて頻繁に売り切れては再入荷していたので、とにかく爆売れしていたことが窺えます。
Hardonizeクルー全員このヴァイナル持ってるんじゃないの?
なんなら今回のゲスト2名含めても全員持ってそうですけど。

— / James Brown Is Dead

[SCHRANZ] L.A. Style – James Brown Is Dead (Schranz Bootleg Mix) [FULL HQ] – YouTube

もう1つSchranzレーベルで大好きなのがコレ。
2006年のリリース。
元ネタ大好きってのは勿論あるんですけど、1回目のサンプリング部分が最初キックから入っていって徐々にビルドアップしてメインリフに流れ込むところとか、単純にレイヴの派手さとシュランツのエネルギッシュな感じがマッチしているところとか、なんかもう総じて愛おしい1曲。

その他にブートレグを専門としていたレーベルでファンキーなテクノもシュランツも扱っていたP Seriesと云うのもありましたが、公にするにはアブない代物ばかりなので、こういったものは匿名リリースが基本です。
所謂なんのラベリングもクレジットも載っていない、ホワイト盤ってやつですね。
ところが堂々とメインの活動名義でブートレグをリリースする動きもシュランツの中にはありました。
イギリスでもないのに何なんでしょうかこのパンク精神。

Robert Natus And Arkus P. / Hardcore Salsa

Robert Natus And Arkus P. – Hardcore Salsa (Original) – YouTube

2004年リリース。
ラテン歌ものと云う時点で大分珍しいのですが、当然自前ではなく元ネタがあります。
Robert NatusもArkus P.も黎明期から活動していたアーティストとして上で挙げた通りなのですが、そんなシーンへの貢献者同士が組んだ結果なんでこうなっちゃったんだろうと思わずにはいられない曲。

さて、そんなネタモノが大量生産されていた裏では次世代を担うクリエイターが新たに誕生していました。
その筆頭が2005年にデビューしたJason Little

Jason Little / The Mask

The Mask (Original Mix) by Jason Little on Beatport

2008年のリリース。
とうとうBPMは160の時代へと足を踏み入れることになります。
使われている音もノイズっぽかったり、ハードコアな印象が強いですね。
個人的にはこれら2つの特徴を真っ先に打ち出したのがJason Littleだったように思えますし、現在に至るまでこのスタイルは多くのフォロワーを獲得しています。

加えて、遂にドイツ以外からも本命と言うべきアーティストが登場したこともトピックとして挙げられます。
2004年にO.B.I.に見出される形で登場したGreg Notillはフランス出身。
彼のリリースに於いてはAudio LSDと云うデビュー当時からナンバリングが続いているシリーズタイトルがあるのですが(2019年現在、Audio LSD 6が最新版。)、以下で取り上げるのは別の曲。

Greg Notill, Golpe / Blower

Blower (Original Mix) by Greg Notill, Golpe on Beatport

2012年のリリースと比較的新しいトラックですが、初めて聴いた時の衝撃が大き過ぎました。
まずアーメンが入っている、更にガバキックっぽい音も入っている。
この時点で相当珍しいのに加えて、各小節の節目にこれらがコラージュ的に細かく差し込まれている忙しさ。
これまたBPM160超えの速いスタイルであることが、更に輪をかけてアグレッシヴさを醸し出しているニュータイプのトラック。
光景で例えるなら無茶苦茶派手に装飾されたデコトラが全速力且つ一直線にこっちに向かってきている感じ。
ホント大好きです、これ。

とは言え、ここまでのシュランツはあくまでハードテクノの系譜やマナーを守った上で進化している感がありました。
ところが2000年代も後半に差し掛かる頃にデビューしたアーティストたちはこれらの仕来りをあえてブッ壊そうと切磋琢磨していたように思えます。
具体的にはテクノと云う枠組みすらも越えた別ジャンルの要素の流入が頻繁に起こり始めました。

例えばブラジルのAlex TBがリリースしたこちら。

Alex TB / Despertar De Um Amanhecer

Despertar De Um Amanhecer (Original Mix) by Alex TB on Beatport

2012年のリリース。
お聴きになれば分かる通り、ブレイクでドラムンベースに変貌し、またシュランツに戻る曲です。
Alex TBはこのようなスイッチタイプの曲がかなりある印象で、他にも途中でブレイクコアになるシュランツや、途中でトラップになるシュランツなどがあります。

ときたらダブステップもあるべきなんじゃないのと言いたげな方、どうぞこちらへ。

Buchecha / Smash

Smash (Original Mix) by Buchecha on Beatport

2015年のリリース。
作ったBuchechaはポルトガルのアーティストです。
前出の曲も含みますが、2010年代に差し掛かる頃には音圧はそのままに大分音がクリアになっている印象があり、実はサウンドメイキングも進化していたと云うことが窺えます。

その他、2000年代後半でデビューしたクリエイターの例としてはSveTec (ハンガリー)、Sutura (ドイツ)、Mechanical Brothers (スペイン)、Sepromatiq (スロバキア)などが挙げられるのですが、ご覧の通りドイツ、中央ヨーロッパ以外からも重要なクリエイターが現れ始めました。
実は結構脂の乗ったリリースやトピックが多かった時期ではないかと思っています。

最後に、最近のシュランツについて。
前項の2000年代後期から現在にかけてかなりコンスタントにリリースが継続している印象があり、実際2010年代に入ってからの新規アーティストと云うのも多く見受けられます。
アルバムでのリリースも多く、DIGには困らないと云うのはありがたい点です。

オススメをいくつか挙げるならばWitheckerが2018年に出したOur Worldに収録されているこちら。

Jason Little, Withecker / Nebulus Is Back

Nebulus Is Back (Original Mix) by Jason Little, Withecker on Beatport

なんとなく聞き覚えのあるリフの音がアグレッシヴに刻まれた曲。
前述のJason Littleが絡んでいるせいかやっぱりBPM160オーバーのスタイルですが、このリフにはハードテクノの文脈をもう1度辿り直そうとしている意図があるように思えて何となく印象に残るんですよね。

もう1つ、ごく最近の曲で膝を打ってしまったのがMental Crushによるこちら。

Mental Crush / Pacman

Pacman (Original Mix) by Mental Crush on Beatport

今年2019年のリリース。
タイトル通りのサンプリングは使用しているものの、かなりコラージュ的な使い方に留まっており、むしろ中盤に展開されるワブルベースを軸にしたハードダンスっぽいパートこそ、このトラックの肝ではないでしょうか。
確かにテンポ帯に於いてシュランツとハードダンスで共通している領域があったのに、そこを繋げるトラックは今まで聴いたことがなく、自分としてもそこは絶対に別物と云う固定概念があったので、結構ビックリしたと云うか、『なるほど!』と思ってしまいました。

一方ここ日本ではと云うと、ASINさんの活動が目まぐるしいです。
都内各パーティーへの出演は元より、海外からもギグのオファーが絶えない現行のシュランツシーンの牽引者。
序盤で挙げたPETDuoへのインタビュー動画も彼の手によって公開されたものです。
こういうの本当にありがたい。

タイムリーなことにこの記事の公開から僅か3日前となる08月19日にはニューアルバムExceptionがリリースされました。
上で挙げたWitheckerや、HT4Lと云った現地の第一人者たちとのコラボレーションもあったり大分豪華な一作。

ASIN / Myth

Myth, by ASIN

中でも印象的だったのはこの曲。
複数種類のリズムを使い分けながらエコー+ディレイを駆使したウワモノを展開させるサウンドスケープ的シュランツ。
途中差し込まれる日本語のナレーションは何なのか分かりませんが・・・今度お会いした際に聞いてみようと思います。

で、そんなASINさんがクルーとして名を連ねているのが今回のHardonizeでお呼びしたni-21さんが主宰しているパーティーENIGMAなのです。
ハードダンス、シュランツ、ハードスタイル、ハードテクノを内包したパーティーのボスであるni-21さんが今回のHardonizeでどんなプレイを奏でてくれるのか、本当に楽しみです。
しつこいようですが、パーティー詳細はこちらですよ!

以上、シュランツ編をお送り致しました。
この音楽の特徴についてまとめると、反復+過度に圧縮された重厚なグルーヴ+超速いがキーポイントになっていると思います。
基礎としてはハードミニマルを踏襲しているのですが、何せ単曲の時点で音圧が凄まじいので長時間重ねるMIXは一般的ではありません。
但し、複数曲を同時再生させた上でクロスフェーダーによるスイッチを多用すると云った手法は割と多く見られます。
PETDuoを見に行った際も2人で2Mixer+4Deckのスタイルを取ってました。

別ジャンルの音を取り込んだことに加え、テンポの幅も最早テクノと呼べる域を逸脱するまで広がった結果、楽曲のスタイルもかなり多岐に渡っております。
と云うことはシュランツと云う単一ジャンルでの選曲でも相当色々なことができる状況になっています。
前述のWIREを体験したり、その後レコードショップでシュランツを掘っていた世代にとってはひたすら速いテンポでネタモノが繰り出される音楽と云う認識で止まってしまいがちなのですが、それはかなり勿体ない認識だと改めて主張したいところです。

今やVTuberでさえシュランツを回す時代ですから、生身の人間も価値観をアップデートしていかなくてはなりません。
愛でましょう、シュランツを。

スノウエルフちゃんのゴリゴリSchranzなま配信 2019.3.26

スノウエルフちゃんのゴリゴリSchranzなま配信 2019.3.26 / Schranz, Hardtechno DJ mix – YouTube

と云うわけで次回の『特別連載:ハードテクノとは何か?』につきましては09月05日に公開。
パーティー直前のタイミングでお送りする小テーマは、ハードテクノに於けるファンクネスの権化、ハードグルーヴ編とします。

そして次週08月27日は774Muzikさんが担当します。
今回はこれにて。

特別連載:ハードテクノとは何か? – 目次

第1回:黎明期編
第2回:ハードミニマル編
第3回:ハードアシッド編
第4回:ハードトライバル編
第5回:ハードハウス編
第6回:シュランツ編 (今回)
第7回:ハードグルーヴ編
第8回:インダストリアル編
第9回:テックダンス編

番外
第1回:メロディアス・ハードテクノ編
第2回:ハードダンス編
第3回:ディスコ編

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